出所者情報提供に関する法律ができるとかできたとか・・・・.ニュースでも耳にするし,ブログでも見かけます.
例えば『結局こういうことなんだよな』/札幌から ニュースの現場で考えること.『ミーガン法を知っていますか』/No words, No life.『ミーガン法のまとめ』など・・・・(どれもたいへん参考になりました.興味のある方は是非ご覧下さい.)
そして思ったこと・・・・
ミーガン法導入賛成者はどうしても感情に依拠していて、客観的ではない気がする
(『ミーガン法を知っていますか』より)
そりゃそうです.こういう法は,強い感情がなきゃ作れませんもの.議論に耐えられるだけの賛成の理由を論理的に述べるなんて,ちょっと難しいかも・・・.
でもあたしは,感情的だから議論にならないとか,論理的じゃないから無視してもいいなんて思ってない.感情は無視できない原動力だと思う.所詮この世の中,人と人とのかかわりで作られているんだし,多くの感情が交じり合っていろんなことが始まったり終わったりしてると思うから.
ただ・・・・・感情はだんだん薄れていく.被害に遭われた方のご家族や近くにいる人たちは,薄れていくなんてないのでしょうけど,あたしたち外野にいる人間の感情の熱は,少しずつ冷えていくもんです.
そして,感情にまかせて作ったルールだけがずっと残っていく.
だから,感情にまかせてエイヤッ!ってルールを作ることは,ほんとに慎重にならなきゃいけません.
さて今回のこのルール.このルールに反対する理由として,例えばこのような理由がある.
いつ、自分が何かの拍子に犯罪者になってしまうか分からないのに
(『ミーガン法を知っていますか』より)
でもこれって,性犯罪の場合はほぼ100%女性が被害者なので,「あたしは性犯罪の加害者にはなりません」っていう気持ちになる女性は多いんじゃないかと思うんです.それよりも被害者やその家族になる自分を容易に想像できて,そんな風に思えないっていうのが正直な気持ちだと思うんです.
また性犯罪の犯罪率が飛びぬけて高いなんて言えません,という理由もある.
たしかに、平成10年度版と12年度版の犯罪白書によれば、「強制わいせつ」「強姦」といった罪名が、再犯率の多い犯罪の上位にランク入りしている。しかし、殺人・強盗・傷害・詐欺・覚せい剤取締法違反といった犯罪と比べるならば、性犯罪だけ突出して再犯率が高いという主張は全く成り立たないものであると分かるであろう。
(『ミーガン法のまとめ:性犯罪と再犯率』 より)
だけど,再犯率は低くても再犯はあるわけでしょう?このような犯罪がイヤって思う感情なら,そのほんのわずかな再犯だって,許しがたいものなんです.
そして,このルールを運用していく中での不安というか,不気味さというか・・・それがこれ.
「計20種」には、いったい何が含まれているのか。「住居侵入」も再犯の可能性が高いというが、そういう議論になれば、そもそも犯罪全般が再犯の可能性が高いのである。それに、住居侵入は、東京で頻発する「ビラ配りで逮捕」を見ても明らかな通り、単純な刑事事件ではなく、いわゆる政治事件に簡単に援用できる。
(『結局こういうことなんだよな』より)
これは確かに不気味.政府機関が自分達の都合のいいように,このルールを運用していくかもしれないという怖さはあると思う.でもこれだって,「じゃ,拡大解釈できないようにがんじがらめに制限を設ければいいんじゃないの?」と思うわけです.
つまり,出所者情報提供のルールを作りたいって思う立場で言えば,このルールを作らないってことは何にもしないってことに思えるわけです.「確かにこの出所者情報の提供には問題点がたくさんあるけど,でも何もせずこのままで良いってことはないでしょ?もうこんな犯罪を見るのはイヤなんです.だから何かしてくださいよ.あと何人の女の子が犠牲になればいいんですか?」ということね.
そういう思いでいる人たちには,シンプルに伝えなきゃいけない.
「出所者情報の開示では,再犯を防ぐ効果はほとんどないんだよ.」って.
強い副作用があることは明らかで,でも治療の効果には疑問がある場合,そんな薬を飲む気にはならないよね.このルールだって,おんなじなんだと思う.
劇的な治療の効果はないにしても,副作用が少ない薬を服用して,同時に基礎体力もつけるようなトレーニングもしながら病気を治していこう・・・・時間がかかるかも知れないけど,そちらを選ぶ人は多いと思います.
『ネオリベラリスティックな衝動に抗して』には,このルールに感情的に賛成する人に対してどうやって対抗するか3つの方策が提案されています.あたしはそのうちのこれが,一番適当なんじゃないかと思ってる.
でも、公開前科者のうち再犯の危険があると判断された人たちに住所の登録を義務づける程度なら、その情報が厳重に管理される限り大きな問題にはならないだろう。登録された前科者は全国どこにいても再犯しないためのカウンセリングや相談を受けられるような仕組みにしておけば登録された人にとってもメリットがあるし、小中学校や医療機関など日常的に職員が他の大人の視線を受けずに子どもと接するような職場に限って、求職者が性犯罪前科者であるかどうかチェックできるようにするというようにも利用できる。最悪の場合、事件が起きたあとの捜査にも役に立つだろう。そう考えると、前科者に住所の登録を義務づけるまでであれば容認できないこともない。多少の問題は残るが、「ミーガン法丸ごと反対」ではなく「一般告知に反対」という形であればより賛同を得られるかもしれない。
(『ネオリベラリスティックな衝動に抗して』より)
『ミーガン法のまとめ:犯罪者更正プログラムの是非,および小児性愛者との共存の可能性』を読むと,実効性のある再犯防止策はかなり少ないとのことです.出所者情報開示も再犯防止には効果がないらしいということもわかりました.つまり,あたしたちの住んでいるここは,今も未来も危険な場所であるというなんですね.なんか辛くなってきたよ・・・
さて,『ミーガン法のまとめ:ミーガン法再び』にこういう記述があります.
小児性愛というのは、同性が好きだったり異性が好きだったりするのと何ら変わらない本人の性的指向(と言うといろいろ苦情があるのですが、取りあえず他にいい言葉がないので)であって、一般と違った指向を持っているというだけで監視されてはたまりません。仮に監視が必要だとするなら、それは合意のない性行為(相手が合意年齢に達しない場合も含む)を強要した犯罪者を監視する必要があるのであって、その人がどのような指向の持ち主であるかは関係ないはずです。
(『ミーガン法のまとめ:ミーガン法再び』より)
ここは,あたしの共感できなかったところです.小児性愛は,同性が好きとか異性が好きとかいうのとは違うと感じています.それは,実際の行為に及ぶときは,必ず犯罪になるからです.同性が好きっていうのは,同じ指向を持っている人との間に同意が成立すれば,犯罪でも何でもないし,外野がとやかく言うことじゃない.でも,小児性愛の場合は絶対に犯罪になる.だからこういう性的指向のある人は,強烈な理性を持っていなきゃいけないんです.でも,一度でもその犯罪を犯して自分の欲望を満たすことが出来た人に,もう二度としないでくれと言っても,周囲にかわいらしい女の子たちがいたらどこまで耐えられるんだろう?
そしてこんな風に書き始めると,あたしの思考はどんどん感情的になっていく.理性ではこの出所者情報開示の副作用が理解できても,心が「どうにかしてよ!このままじゃいやだよ!」と言い始めるのです.
出所者情報開示に賛成か反対か.0か100ではない中間点に着地点はあるはずだと思ってる.日本で導入されようとしているルールは,アメリカのミーガン法とは違い一般への公表は行わないようなので,その意味では中間点を選択しているように思います.
ただ,このルールが異様に早く出来ちゃうことが悔しい.感情の炎が燃え上がっているうちに作っちゃおうという作戦なら,それに乗せられてる自分達が余計に悔しい.
こんな記述のあるブログも見つけました.
感情的な噴き上がりや利権絡みの欺瞞には断固抵抗するべきですが、一部の誰かが犠牲になることで「本当に」多くの人の安全と安心が確保できる、という状況になった場合抵抗できるのか。杞憂かもしれませんがそういうことを考えてしまいます。
(『「誰でも,自分でも,加害者になりうる」のか』より)
あたしも似たようなことを考えていました.結局,二度と再犯させないということに重点をおけば,一生閉じ込めておくか,監視し続けるかしかないわけで,そうしないということはまたどこかで,幼い女の子(最近は男の子だって危ないと思うけど)が犠牲になる可能性があるわけです.結局,今の比較的自由な世の中の仕組みは,一部の誰かが犠牲になることで確保されているのかもしれません.
最後にお願い.あたしが抜粋した部分だけを読まれてしまうと,それぞれのブログの本当に伝えたかったことが伝わらない可能性があるので,是非リンクを開けて見てください.
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