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2010.06.01

学校の役割とか、先生の仕事とか

これは、気になる記事(『犯人探しは犯人扱いなのか?な出来事』/真実はどこ?)へのお返事的内容になるんだけれども・・・。(参照エントリー:『気になる記事を忘れないようにメモる』

まずは、『自分がもし事情を聞かれた子供の親で、子供が傷ついていたらどうしただろう?』ということなのだが、懇談会でいきなり言うってことはしないだろうなと思う。

なぜなら、着地点が見えないからだ。懇談会の場で導き出すべき結論が、正直わからない。先生に謝って欲しいのか、他の父兄に訴えたいのか。

でも、自分の子供が傷ついて弱っていたら、単細胞なわたしはおそらくじっとしていられないだろうな~。とりあえず、職員室に走ることでしょう(笑)。それで何かが変わるわけでもないだろうけど、先生の発言で子供が悲しい思いをしてることは、わかってもらいたいし、教室という場所では、教師は絶対的権力者であると知っていて欲しい。

だから、

>恐怖を感じても 言わなくてはいけないことを
>いえないのが 一番駄目なんじゃないかな

これは、もちろんそうなんだけれども、言えなかったからといって、その子に落ち度があるとも、力が足りないとも、まったく思わない。

子供が大人に、ましてや生徒が先生に対して、恐怖を克服してその場で反論するなんて、なかなか難しいことだ。(むしろ、それができる子のほうが恐ろしかったりする)

    

>休日校外での出来事でも、学校で明確に状況把握はやってくれ

休日校外の出来事について学校が把握できるのは、親や地域の人からの通報があった場合に限られる。その状況について子供たちに聞くのは、当然のことだが、それが本当に本当の真実かどうかは、捜査権のない学校では確かめようもない。

とはいえ、学校が校外での生徒の行動に関心を持つことは必要だし、関心を持っているんだぞと生徒に伝わることも大切だろう。確かめようがないからといって、放置することはできない。

何かよくないことを生徒がやらかしてしまったとき、おまわりさんのお世話になる一歩手前で反省を促すことができるのなら、学校でしっかり調査することに意義があるし、周囲の生徒たちにも、『自分たちは、先生を含めた周囲の大人たちに関心を持たれている』とわかることで、自分の行動を考え直すことになるんじゃなかろうか。

だけど、先生たちに対して「学校で状況を明確に把握してくれ」と言うのは、正直申し訳ない気分があるんだな。親である自分が、子供の外での行動を把握できていないもんだから。気持ちの問題なんだけどね。

     

わたしは、先生の一番大事な仕事は、すべての子供に(頭がいい子も悪い子も)等しく学問(高尚なことじゃなくて、読み書きそろばんでいいのだけれど)を与え、生きていくために必要な知識や知恵を持たせてやることだと思っている。

その学びを阻害する要因として、子供の非行やらなんやらあるわけで、先生の最も大事な仕事をしてもらうには、その阻害要因を取り除くべきなんだが、それをするのは何も先生だけに限らない。親や周囲の大人たちが子供の学びの環境を整えてやれれば、先生ももっと自分の本来の仕事に集中できるのにと思う。

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コメント

学校の役割とは何ぞいや、というところが、根本的にととさんと私では違う考えなんですよね。

中学になるとだんだん学問を主体に、と思うのですが、小学校には学問以外の部分の教育、集団生活をするにおいて、みたいなところを私は期待します。学問よりもそっちの方の比重が高いかもしれないです。生きていくための知識や知恵って、学問だけでは育たないと思うのです。塾と学校が違うのは、そういうところではないのかと。小学校の教師になる資格と高校の教師の資格は違うのだって、教育学部で学習する内容だって・・・ってなると長くなるので、このへんで。じっくり考えてみます。

そもそも、こういう「学校の役割とは」みたいなことが国民の共通認識でないことが問題なんだよねえ。だから先生たちもどっちむいて仕事してよいかわからなくなるじゃないだろうか。

投稿: Moon | 2010.06.02 18:31

途中からで申し訳ない。
小学校までの教育に関しては、ととさんもMoonさんも
同じことを言っているとおもうんだけど、違うのかな?
「生きるための知恵」も「集団生活での知恵」も
学問もいるけどそれ以外の比重が大きくて…
と、お二人とも言っているような気がするんだけど。

子供には、いろんな経験をさせたいと思うし、
それが子供にとってつらいことでない方が良いとは思うけど、
つらい経験をしないと、相手がつらいと思っているかどうかが分からない。
子供も一つ経験をしたんだろうな、と思えたらいいですね。(ととさん同様、職員室に行く方だとは思います。ダメですね)

「学校の役割とは」と考えていくことが必要ですね、お互いに。
先生が生徒の行動を把握する必要があるかと言えば、
必要だと思うけど100%はいらないんじゃないかと思う。親として子供の行動を把握する必要があるかと言えば必要だと思うけど100%は出来ていないと思ってます。自分が出来ていないことを、他の方に押しつけるのも正直できないかな、と。
親・先生・地域の方・友達でもいいじゃないですか、周りの人が少しずつ補完して、子供の行動を把握していけばいいんじゃないかなと思ってます。

投稿: さじった | 2010.06.02 23:25

実は何度かコメントを試みて、難しい問題であるだけにコメントを控えていた私です。
友達の学校で、小5の女子の教科書がびりびりに破られてゴミ箱にすてられていたんだそうで。いじめられた子はなんとか復活し、保健室登校から脱出できたけれど、犯人もわからずじまい、小6はもちあがりで、クラスの雰囲気はこの4月からも最悪・・・というのを聞きました。
こういうことをここに書いてしまうと、さらにコメントが複雑化しそうですが、やっぱり問題の大きさや、起こった場所など、ケースバイケースによってくるのかなと思います。私も被害者と加害者の立場で意見が変わってしまいそうだし。。。。(それは良くないけれど)。
そして、今回、ここで勉強になったのは、「懇談会で発表するときは、落としどころを決めてから」というところ。うかつに懇談会でいうぐらいなら、連絡帳とか先にいろんな根回しや調査をしてからにしようとおもいました。

投稿: ちゃい | 2010.06.03 11:51

Moonさん

>学校の役割とは何ぞいや、というところが、根本的にととさんと私では違う考えなんですよね。

そのようですね。
ま、学校の役割というより、先生の仕事というか。

わたしは、教師は教えることのプロであって欲しいと思っています。もちろん子供の心理がわかったり、管理能力が高くてもいいんだけど、教えるテクニックがないのは困るなぁと思ってます。

>生きていくための知識や知恵って、学問だけでは育たないと思うのです。

もちろんその通りです。
ですがそれを学ぶのは、学校でしかできないわけではなく、むしろそれ以外の生活場面で得ることが多いのでは?と思っています。

学校というほぼ同じ年齢の集団は、世の中的にはかなりレアな集団ですから、そこを出てから実際の社会に適応するためには、もう一練り必要だと思いますし。

でも学校でしか味わえない楽しさもありますね。修学旅行とか、学園祭とか。学生時代の恋愛体験も、同じ学生同士なら安心して(そう安心もできないけど)体験させてやることもできるし。

>だから先生たちもどっちむいて仕事してよいかわからなくなるじゃないだろうか。

ほんとにね~。
今は教師が、教えること以外の事務作業に時間を取られているようで、ほんとに気の毒だと思います。
学ぶことの楽しさ、わかったときの喜び、そういうことを子供たちに教えていければ、来るなって言ったって子供は学校に来るだろうし、そういう子供たちを見れば、先生も楽しく仕事できるでしょうにね。

投稿: とと(>Moonさん) | 2010.06.03 22:54

さじったさん

>子供には、いろんな経験をさせたいと思うし、それが子供にとってつらいことでない方が良いとは思うけど、

まったく同感です。

でもね、壇一雄が子供たちに残した言葉のなかに、「彼らの未来に難多かれと願う」というのがあって、それは、その方が実り多い人生だから・・・みたいな内容が続いていたんです。(言葉はきっと違うんだけど)

これを読んだときは衝撃的でした。そっか~そうかもしれないなぁ~なんて。

平凡なわたしですから、なかなか変われないんだけれども。

投稿: とと(>さじったさん) | 2010.06.03 22:59

ちゃいさん

そうですよね~難しいというか、正解がない問題ですよね。

おねえが行ってた小学校でも、ある女の子のカーディガンがトイレの中に突っ込まれているという事件がありました。その子は強い子だったので、その後も普通に通ってましたけど、誰がやったのかはわたしたちには結局わからずじまいでした。当事者や先生は知ってたかもしれませんが。

中学では、ある女の子の机やカバンの中に、卑猥な写真が入れられる事件があり、懇談会で報告がありました。そのクラスでは、何回も父兄が集まって話し合いやら報告やらあったらしいです。結局、犯人は同じクラスの女の子だったと、そのクラスの友人から聞きました。どうやって犯人を見つけたのか、不明なんですけどね。聞いとけばよかったなぁ。

こういういじめは、校内で発生するものなので、先生しか状況を把握することができません。ということは、初期段階で手を打つことができるのは先生ということになります。教えるプロとしては、専門外と言いたいところでしょうけど、専門外なら専門外らしく、素直に父兄に相談して、その協力を得て、小さいうちに納めて欲しいですね。

投稿: とと(>ちゃいさん) | 2010.06.03 23:08

犯人探し、に当てはまるかどうか、「イジメがあったかどうか」クラス全員から取ったアンケートの手書き回答用紙、私は、まだ処分せず持っています。
学校へ行けなくなって直ぐに、担任がアンケートなさったのです。
「えっ、みんなに公表したの?(早く芽を摘み取りたいのに)」「イジメがあれば、誠実に把握しようとなさったのだ」その二つの思いがありました。
でも、その後は、教師と親とで何度か、話し合いをしましたが、先生を非難という気持ちは起こりませんでした。そういえば、上履に牛乳瓶の欠片が入っていたとか、いろいろありましたが、大事なことは、本人の心が弱くなって、怯むことですね。そこが問題。でも、元気な子供は対象にはならず、ギクシャクした心理状態の子供がイジメの対象になる、そんなもののような気がします。
なにかおこったら、学校の責任、とか、先生の責任、と、対決するのではなくて、対応策を考える立場なのだと思うのです。

投稿: 街中の案山子 | 2010.06.04 07:13

街中の案山子さん

もしかしてお嬢さんのことですか?
そんなことがあったのですか!驚きました。
才能豊かな人は、ときどき周囲からは異質に見えてしまうのかもしれませんね。

でも、心配だったでしょう?
そのときの街中の案山子さんのお気持ちを思うだけで、こっちまでつらくなってしまいました。

いじめに関しては、起こってしまったことはもうどうしようもなくて、時間が薬になると信じてやり過ごすしかないな~と思います。親がいつも子供の味方になってやるってことを、態度で示すのがいいんじゃないのかなと漠然と思うんですがね。
学校や先生は決して敵ではないですから、弱ってる子供を協調して支えてやりたいですね。


投稿: とと(>街中の案山子さん) | 2010.06.04 22:52

そうですよ。でも、今みたいにブログもないし、初めて外部に発信しました。クラス人数分のアンケート用紙のあることは、私と夫しかしりません(多分夫はおぼえていないでしょう)。
牛乳瓶の欠片のことは、本人から告げられて、悲しみが増しただけで、その一つを取り上げる、というより、もっと根本的な解決(なぜ娘をやり込めてもいい、という対人関係であるか)問題を、と考えていました。たまたま怪我をさせて謝らない云々、なのか、「あの子には、そんな対応をしてもかまわないのだ」という状況なのかどうか、そちらが大事な問題なのだと思うのです。
でもね、微妙な問題って、文章でやり取りすると、スルーすべきところが、強調されたり、で、難しいですね。
ブログで発信が容易になって、情報が容易に得られることで、外野がいやに騒ぐから、問題が大きなるってことも、ありますし…。
そして、お断りしておきますが、「才能豊かな人」は不正確ですから(笑)。

投稿: 街中の案山子 | 2010.06.05 08:29

街中の案山子さん

いろんなことがあったのですね。
それが今や、花嫁さん!感慨深いですね。

いじめを根絶するのは、正直、無理だと思っています。できるのは、つらい気持ちの子供を支えることだけ。そのためには、子供に信頼される親じゃないといけません。そして、学校の先生もそういう存在であってほしいなぁと思います。

投稿: とと(>街中の案山子さん) | 2010.06.09 22:33

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