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2005.11.04

後悔するということ

私が今の職場に勤め始めたのは,昨年7月の末でした.

そのとき暖かく迎えてくれたのが,上司である次長でした.

いつも私をかばってくれ,意見を尊重してくれた次長.すごく短い間に,いろんなことを教えてくれたおかげで,今の私があります.

その次長が,今日亡くなりました.

悲しくてたまらない.悲しくて悲しくてたまらない.

私が入社してから,約3週間で1回目の手術・入院.一旦復帰したものの,今年の夏,再び手術・入院.だから,一緒に仕事した期間はとても短い.

でも,誰も頼る人がいなくて心細かった私には,唯一の支えだった人です.

次長が戻ってくると思っていたから,私ひとりでも(正確にはM子もいるけど)頑張ろうと思えたし,もし私がここで根を上げたら,他の上司をどこかから引っ張ってきて,次長の戻るところがなくなってしまうのじゃないかと思う気持ちもありました.

10日ほど前,次長から電話がありました.

「ととさん.自分はもう復職できないと思う.」

「次長,私,頑張るから.頑張って次長が戻れるまで,カバーしますから,そんなこと言わないで下さい」

「うん,そうだね.頑張るよ.・・・・でもね,もし復職できなかったら自分のデスクにあるものは,ととさんの判断で処分していいから.全部捨てても構わないから.・・・・もし,自分に万一のことがあっても,同じだよ」

「そんなこと言わないで下さい・・・・・」

私はこのとき,次長は退職するんだと思ってた.病気療養が長引くことで,会社に迷惑をかけるから(私に負担がかかるということを含め),退職するんだと思いました.

でも違ってたんだ.次長は,わかってたんだ.

あのとき一言,お礼を言っておけばよかった.

悲しくて悲しくてたまりません.

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学問・資格」カテゴリの記事

コメント

私も1年半ほど前に、友人を亡くしました。
肺癌でした。
今まで親戚の年寄りとかの「死」しか経験がありませんでした。
友人を亡くしたことで、死というものは、
「どんなに会いたいと思っても、もう二度と会えない。
 もう彼女の肉体は、この世に存在していないんだ。」
ということを、しみじみ思わされました。
そして改めて、夫や子供達が元気に生きている。ということを幸せに感じました。
でもみんな、いつかは必ず死ぬんですよね。
本当はもっと、毎日を大切にしなくちゃいけないんですよねぇ。

投稿: aoiumi | 2005.11.05 00:23

あのとき一言って気持ちは誰でもあると思います。
これからも、次長さんがご健在であったときと同じような感覚でお仕事をされるのがいいのではないでしょうか。
ぼくは、9月に親父をなくしたのですが、糖尿病で人工透析と薬漬けの毎日でした。そこから開放されたと思えば、なんとなく気分が楽になりました。
次長さんも、もう病気と戦わなくてもよくなったのです。開放されたのです。
他人の勝手な意見ですみません。
お気に触ったら削除してください。

投稿: covaemon | 2005.11.05 13:11

>aoiumiさん、covaemonさん

コメントありがとうございます。

私の気持ちは次長に伝わっているでしょうか?
一緒に仕事しているときも、病気療養中も、きちんとお礼など言うことのなかった私です。
たくさんのことを教えていただいて、すごく感謝しているという気持ちは伝わっているのでしょうか?

それを伝えたところで、次長にとってはなんの慰めにもならないのは重々承知なんだけど、でも自分が納得するために、ひとこと言っておきたかったです。

人はいつ死ぬかわかりません。だから、毎日を大事にしたい。それは自分が死ぬことより、自分の近くにいる人が亡くなったときに後悔のないようにしたいという気持ちです。誰がいつ亡くなっても後悔することのないように、自分の気持ちをできるだけ小刻みに、素直に伝えておくことは大切だと思いました。

だからね、私は子どもたちが大人になるまでは、絶対に死ねないと思いました。今私が死んだら、おねえもakkoもきっと後悔する。おねえはアンコンのことで言い争ったばかりだし、akkoは相変わらずお部屋がめちゃくちゃで私を不機嫌にさせてばかりだし。『あのときおかあさんに反抗してちゃんと謝らなくて悪かったなぁ~』とか、『親孝行できなかったなぁ』とか。
私が死んだときに、子どもたちが後悔するなんていやだから、ほんもののくそばばぁになって、『あぁ~、やっと死んでくれたよ』と思われるまで生きてやらなきゃ。

投稿: とと | 2005.11.05 17:20

 とと様
 私は6年前に親友を亡くしました。何でも話せ、時には厳しいことを言ってくれる、腹を割って話せる親友でした。
 亡くなる前日に電話で「今度会って飯でも食いたいなぁ」と話しました
 しかし、翌日訃報がはいりました。
 あのときに「忙しいから今度な」と言ったことを今でも後悔しています。
 もうすこしやさしい言葉で返すことができなかったろうかと思います。
 命の大切さを伝えるものとして、悔いのない人生を送れるように伝えていきたいと思います。
 とと様の心の痛みがすこしでも軽くなる日をお祈りしております。

投稿: 中見盛 | 2005.11.05 18:21

>中見盛さん

コメントありがとうございます.

みんな誰でも,あのときこう言っておけば・・・という思いは,あるものなのですね.

次長と一緒に仕事をした約7~8ヶ月,次長は楽しく職場に来れていたのかどうか,今となっては確かめようもないけど,私は次長と一緒に仕事を出来てよかったと思っているので,きっとその気持ちは伝わっていると信じたいです.

投稿: とと | 2005.11.06 22:21

ととさんはじめまして。
どの方のサイトからたどり着いたのかな。お気に入りに入れて見せていただいていました。
人との出会いって一緒にいた時間の長さには関係のないものがありますね。どんなに長く一緒にいても心に響かないこともあればほんの数日のことでも忘れられない出会いもあるでしょう。次長さんは自分の机のものをととさんに処分してと頼まれたときにととさんをわかってくださっていたと思います。
ととさんの気持ちがとてもうれしくてきっとお別れの電話をかけてくださったのだと思います。
ととさん また元気に愚痴ってくださいね。

投稿: つつじ | 2005.11.07 09:20

>つつじさん

はじめまして.コメントありがとうございます.
見てくださっていたのですね.すっごく嬉しいです.(*^.^*)

いよいよ今週末までには,次長の机にあるものを片付けなくてはいけません.悲しいけど私に託してくれた気持ちを思って,ひとつひとつ片付けたいです.
わかってくれていたんですよね,きっと.つつじさんにそう言ってもらえて,心が軽くなった感じです.
ありがとうございます.

また,いろんなこと愚痴りますからね~♪
今後ともよろしくお願いします.(*- -)(*_ _)ペコリ

投稿: とと | 2005.11.07 21:33

お久しぶりです。おつらい思いをされていたんですね。
ほかの方も既に書いていらっしゃるので、いまさらですが
次長さんはきっと分かってくださっていたと私も思いますよ。

そして私も子どもたちに「せいせいした」と言われるまで
長生きするつもりでいます(^^)。

投稿: たいち | 2005.11.08 05:02

>たいちさん

ありがとうございます.

たいちさんも長生きが目標ですね.(*^o^*)
お互い,本物のばばぁになれるよう頑張りましょう!(笑)

投稿: とと | 2005.11.08 19:17

私も昨日、職場の方のお通夜にいってきました。
思わず、このととさんのブログの記事を思い出しました。
私の場合は直接の上司ではなかったのですが、
「いつか戻ってくる」と思っていたのは同じで。
「お礼を言っておきたかった」という気持ちもとてもよくわかりますよ。

投稿: BUBI | 2005.11.10 08:29

>BUBIさん

「いつか戻ってくる」なんて,なんで軽々しく思っていたんだろう・・・なんて,考えてしまいます.今日会った人と,また明日も会えるということは,奇跡のような気がしてくる.
人生は本当に,『一期一会』ですね.

投稿: とと | 2005.11.10 22:55

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 同じ職場の方が1人、昨日の朝、亡くなり、今夜はお通夜にいってまいりました。喉頭 [続きを読む]

受信: 2005.11.10 08:35

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